ごくたまに「スガハラは完璧主義者だからねー」というようなことを言われる。
まあ、否定はできない。そういう傾向があるのは確かだと思う。
でも「完璧主義」というのとはちょっと違うと、自分では思っている。
「自分が思い描いたとおりに物事をカタチにするのが、このうえなく好き」
言葉にしてみると、こんな感じだ。これは、まだ完璧主義ではないだろう。
同じようなことを思っている人は、いっぱいいるはずだ。
問題は、その度合いだ。
僕の場合、自分で思い描いたことが明確であればあるほど、まわりが見えなくなる。
その思い描いた一点を目指し、最短距離で進もうとする。
そういう姿勢が「完璧主義者」感を醸し出すのではないだろうか。
でも、最近思うことがある。
最短距離で進もうとするのは、ラクだからではないか?
もう少しゆっくり余裕をもって進んでいけば、
その道筋にあるキレイな光景や、予想外のモノゴトが目に飛び込んでくるかもしれない。
しかし、そこに関わるのがめんどうだから、
視界に入らないようにまっしぐらに目的地を目指す。
手に入るのは、ゴールに到達したという達成感だ。
もちろんそれ以外にも経験値を上げることはできるだろうが、
本当なら手にすることができたかもしれない
意外性のある視点や、多種多様なアイデアや、ワンランク上の表現などは
いっさい無きものになってしまう。
自戒をこめて、もう少し余裕を持たなくては、と思う。
遠回りは余裕がないとできない。そして、少し勇気もいる。
おそらく本筋ではないこと(本筋って何だ?)に首を突っこみ、
あちこちにアザやコブをつくりながら、
これまでの自分からは生まれない、予定調和的ではない価値を手に入れながら進む。
そういう歩み方をしなければいけないなと、最近やたらと思ってしまう。
スタイルが固まってしまうのが嫌なのだろうか?
いや、そういう格好いい話じゃないような気がする。
考え方や行動の柔軟性がなくなってきているのを感じているんじゃないか?
で、その焦りとか?
昔は、仕事自体をもっと純粋に楽しめてたもんなー。
確かに、「楽しもうという気持ちの衰え」。それなのかもしれません。
[代表雑記 044] 遠回りする勇気
2018年1月10日