Column & Diary

[代表雑記 066] おごることとおごられること

2018年3月2日

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若い頃は、やることなすことが空回り気味で、
「こんなはずじゃない」とか「自分はもっとできる」とか、
そういう気持ちを抱えながらずっと仕事をしていた。
これは、けっこうしんどい。
自分が目指している場所はもっと上のほうにあるのだけれど、
実際には、目の前のたいしたことない(と思えた)仕事でさえ満足にこなせず、
四苦八苦しながら何とか一日を終える。そんな状態だった。

そんな毎日で、唯一、心の底から楽しく過ごせる時間というのがあった。
先輩たちに飲みに連れて行ってもらった時だ。
その先輩たちは、同じ会社の人ではない。
仕事を通じて知り合った人たちで、業界はだいたい同じでも、
その時の自分の会社より格段に上のクラスにいて、みんないい仕事をしていた。
いつも4人ぐらいのメンバーで集まり、僕は下から2番目の年齢だった。

金曜日の夕方近く、ケータイに「今晩どう?」と連絡が入る。
もちろん、僕にノーという選択肢はない。
よく行くのは、六本木や西麻布など。べらぼうに高いというわけではないけど、
自分一人では絶対に入れないような店に気軽に連れて行ってくれた。
そこで僕はアホな話をし、アホなことをしてみんなを笑わせた。
それがこの場での、僕の役割だったのだ。
自分もぜんぜん嫌ではなく、むしろ会社ではなかなか発揮できない
自分本来の能力を披露できているような気がしてとてもうれしかった。

そこでは、飲みに行く楽しさというものを、基本から学んだような気がする。
料理がおいしいとはどういうことか。旬の食材を味わうことの粋や贅沢さ。
背伸びしてちょっといい店に行くことの楽しさと大切さ。料理人へのリスペクト。
そして、おごることと、おごられることの関係。

自分もかなりいい歳になった今だから、ちょっとわかる気がする。
あの時の先輩たちも、かつて若い頃に先輩たちにおごってもらっていたのだ。
当時の自分にはちょっと場違いと思える店に出入りし、
自分が憧れている世界の話を耳にしたり、
センスのいい会話やヨタ話、笑えるネタなどを繰り広げては、
がんばってもっと上の世界に行こうと思ったに違いない。
その気持ちを下の世代にも味わってほしくて、僕を誘ってくれていたのではないか。
そして僕も、その場が本当に楽しいということを全身であらわしていた。
仕事以上に頭を働かせて、先輩たちにウケがいいことを披露し続けた。
それが、おごられる側のささやかな礼儀だと思っていた。

今の僕は、先輩たちから受け取った飲みに行く楽しさを、
下の世代の人たちに返す立場になっている。
もちろんつねに返し続けることはできないし、
下の世代が憧れるような世界に連れていけているかは、かなり疑問だ。
それでも、できるかぎり若い子たちにもおいしいものを食べに行くうれしさや、
飲みに行く楽しさを知ってほしいと思っている。
それは、飲食の世界を発展させることにつながると思うし、
何よりも自分にそういう気持ちを抱かせてくれた先輩たちへの返礼だと思うのだ。

「楽しいこと」と「おいしいこと」は、とても近い世界のように思います。
そこをなるべく我慢せずにいられるとしたら、なんて素晴らしいんだろうと思いますね。