Column & Diary

[代表雑記 108] スタイルとスタミナ

2018年6月8日

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このコラムを定期的に書き出して8カ月ほど経った。
当初目標に掲げていた「自分らしい執筆のスタイル」みたいなものは、
いまだまったく見えてこない。
むしろ、毎回の産みの苦しみはますます増すばかりだ。
こうなると、さすがに考えてしまう。根本的に何か間違っているのではないかと。

そもそも僕は書くことが好きな人間ではない。
書くなんて面倒なことをしないで済むならそうしたいと思うタイプだ。
でも、コピーライターという職業を選び、書くことを生業にしている以上、
そのスキルを磨くことは必要だし、
多くの人にこういう書き手がいることを知ってもらうのは大切だと思い、
ある意味、恥をさらしながらこのコラムを書き続けている。

にしてもである。もう少し、うまくならないものだろうか?
漠然とだが、その原因として思い当たることがある。
まず、冒頭で言った「スタイルがない」ということだ。
型がないから、文章の書き方にブレがある。
水泳などでもフォームがしっかりしていればムダな力を使わず、ラクに長く泳ぐことができる。
まさに、ラクに長く書き続けられる自分のスタイルをずっと欲しているのだ。
これには、とにかく回数を重ね、ラクに書ける型が自然に身につくのを待つしかないと思っている。
つまり僕の場合、8カ月ではまだまだ足りないということなんだろう。

もうひとつ思うのは、「スタミナがない」ということ。
これは、書くための持久力のことだ。
先のスタイルとも関わる話かもしれないが、スタミナがないから早く書き終わろうとしてしまう。
流れ的にはここからもう一段階先に進むと話がおもしろくなるというところで、
もう書く体力が息切れしてしまっている。
そこを乗り越えないと次に行けないことはわかっていながら、
でもやっぱり、適当に話を締めて、終わりにしてしまう。これも問題だと思う。

けれども、本当に大切なのは、こういう書くための「スキル」ではなくて、
書くための「考え方」なんだろうと思う。
文章を書くために必要な「考え」の部分。
そこをもっと、多彩に、柔軟に、おもしろくしなければ、出てくる文章も魅力的にはならない。
そう思うと、必要なのは「考えるスタイル」と「考えるスタミナ」なのかもしれない。

ぼんやりとだが、足りないものはわかっているつもりだ。
それを身につけるには、まだまだ時間と経験を重ねるしかなさそうです。